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第二章 亀裂

              ――NOAが脱退する。
 TAMIFULLがそんな知らせを受けたのは、ライブから三日後のことだった。
 
 バンドが圧倒的なパフォーマンスで奇跡的な復活を遂げた6月10日の夜。
​ 一人の男が、モニター越しに新生PDLのステージを鑑賞していた。
 彼の手は震えている。その吐息には、かすかな困惑が混じっている。
 オープニング曲『1円拾った』が始まると、動悸はいっそう激しくなった。
 自らの居場所を奪われた惨苦……半身をもがれるほどの煩悶……
 ライブが終演を迎えたとき、NOMIYAの激昂は頂点に達していた。
(こんなこと、許せないし認めない――)
 NOMIYAは筆舌に尽くしがたい憤怒の念を滲ませ、そう呟いた。
            「こんな状態では、続けられない」
 一方、数日後にTwitterでNOMIYAの心境を知ったNOAは、葛藤していた。
 数々の傑作を作り上げた伝説の男が、怒りを露わにしている。
 TAMIFULLに誘われ、バンドに加入したことでNOMIYAを傷つけてしまった……
 ならば、新参者の自分がここで身を引くべきではないか?
 というか、普通に先輩と揉めるのは嫌だ。
 自責の念に駆られたNOAは自傷行為を繰り返し、​眠れぬ夜をすごした。
 PDLと歩んできた三日間の思い出が、胸中に湧き上がる。
 初めてステージに立ったこと。HPを作ったこと。無断でグッズを販売したこと。
 だが、もはやPUNCH DRUNK LOVEに在籍することはできなかった。
 決して交わらぬ平行線のように、すれ違うメンバーたちの想い。
 PDLは再結成三日目にして空中分解の危機を迎えていた。
             「俺たちは誰よりも自由だ」
 そんなPDLの危機を救ったのは、TAMIFULLの機転であった。
 彼はNOMIYAに連絡し、電話で話し合うという意外な方法で解決を試みたのである。
 イチかバチかの大きな賭けだった。協議はなんと一時間にも及んだという。
 そして、度重なる説得の末に……ついに彼らは和解を勝ち取ったのだ。
 TAMIFULLの卓越したコミュニケーション能力と人望が、不可能を可能にした。
 無論、そこには海より深いNOMIYAの慈悲があったことを忘れてはならない。
 こうして――NOAはバンドへの正式加入を認められたのである。
 TAMIFULLとNOMIYAをはじめとするメンバーたち、
 PDLを応援してくれている大勢のファン、
 俺を産み育ててくれた両親、
 そして、この世に生きる全ての人々に感謝を捧げたい。
              ……本当にありがとう。
 正直、これから先のことはよくわからなかった。
 HPとグッズは無許可で作成したが、新曲に関しては白紙の状態だ。
 新規メンバーの候補も存在するのだが、電話番号がわからない。
 だが、そんなことは少しも気にしていなかった。
 ようやく、俺たちは未来への一歩を踏み出したのだから。

 

​――物語は加速する。

to be continue……
PUNCH DRUNK LOVE
ああ、慈しみ深き王 NOMIYA
森羅万象の戴きに君臨せし 高邁なる神の御子よ
あらゆる光明 あらゆる至愛 あらゆる歓喜よ
御音をお与えください 御光をお与えください
 
あなたを讃美する 遍く凡ての隷従者たちに

2018/06/14 NOA

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